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旅の追憶(3) 道南 [旅]

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 北海道の地に初めて足を踏み入れたのは、スケッチブックの旅の数年前でした。小樽へ帰郷した友人と札幌に転勤した友人に誘われて北の大地に渡りました。

 夜の青函連絡船に乗り函館港についた時には、函館の空はまだ夜明け前の青が残っていました。今は違うと思いますが、当時は朝市も木造建屋の雑多な感じで、朝市の端っこにあった小屋のような食堂で何丼だったのか丼を食べた記憶があります。

 函館の街を歩きました。十字街、東京でよく通っていた喫茶店と同じ名前のパン屋さんに親近感を覚えました。路面電車が走り、整った街並みの家々はこじんまりしていました。

 家々の軒先には、プランターに色とりどりの花が植えられていて、長い冬の生活に耐えた北国の人たちの夏を楽しむ気持ちが伝わってくるようでした。

 函館も小樽のように坂の街だったと思います。有名な五稜郭は歩いてみるとあの見事な星形がわからなくてただ広い公園のように思えました。

 魚の匂いと海鳥と野良猫、小さな船が並んだ漁港などを見ながら立待岬まで歩きました。岬への長い坂道の途中、海を見下ろすように石川啄木一族の墓が建っていました。

 函館観光を終えて、函館本線に乗りいよいよ友人のいる小樽を目指しました。途中長万部で駅弁を買ったのは良かったのですが、名物は「かにめし」弁当と言うことを知らず、蕎麦の弁当を買ってしまいました。でも凄くおいしかったです。

 函館から海沿いを走っていた函館本線は長万部を過ぎると内陸に入ります。列車は深い森の中を突っ走り、車窓を覆う圧倒的な緑の美しさに目を洗われるようでした。

 折れた木々が横たわる原始林のような森の中、護岸のない川が草木の間を水量豊かに流れています。自然がそのまま残ったような車窓の風景は私を魅了し続けました。

 木々の向こうに時々見える赤や青の屋根の牧舎や家々を見ていると、ああ北海道へ来たんだなぁと思えてくるのでした。


 冒頭の牧舎の絵は、その時ではなく二回目のスケッチの旅の時に描いたものですが、函館本線の車窓からもこんな牧舎が見えていたように思います。

 すっかり記憶がないのですが、この絵は日高地域、平取町(ぴらとりちょう)というところで描いたものです。スケッチブックの絵の裏に「平取町」としるしています。

 苫小牧・日高方面に行ったことさえ記憶がなくて、この絵が出てくるまでその辺りは未知の所だと思い込んでいました。

 日高線は今は苫小牧から鵡川までですが、かつては苫小牧から様似までありました。利用者減と2015年1月に発生した高波の被害が原因で様似から鵡川までの116キロが廃線となったようです。

札幌~苫小牧.jpg札幌~苫小牧車内にて

 なぜこの地へ行ったのか、思い出すと襟裳岬を目指したのではなかったかと思います。友人に襟裳岬なんて何もないからやめておけと言われたのに決行したような気がします。

 調べると当時は、日高線富川という駅から平取町へのバス路線があったようです。そしてこの平取町はアイヌ文化の拠点の一つだそうです。それでこの町を目指したのかは思い出せません。

 また、同じ日だったのか別の日だったのか、北海道へ嫁いだ同級生に会うために電車に乗った記憶もあります。その時、どういう路線を利用したのか全く記憶がありません。

 彼女の住む大樹町は、今は廃線になった広尾線にあり当時ブームになっていた幸福駅や愛国駅の近くだと聞いていました。

 日高線を様似まで行き、バスで襟裳岬を回って広尾線に乗り継ごうとしたのか、あるいは去年の9月の時、利用したように札幌から帯広を目指したのか、それともその両方だったのか今となっては思い出せません。

 いずれにしても鈍行しか利用しなかった私は、途中でその行き先の遠さに観念してあきらめたのは事実です。東京の距離感と北海道のそれとはあまりにも違いすぎました。

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 去年の9月、このとき未遂に終わった同級生に会いに行く旅を果たしました。その時、妻と一緒にレンタカーで走った国道236号線沿いには、いくつも牧舎や農家を見かけました。平らな大地に近代的な建物が建っていて、そこには大きなトラクターやピックアップトラックなどが止まっていました。


 北海道の旅、私は去年の旅を含めると都合5回行っています。どの旅も素晴らしい思い出がありますが、やはり1度目と2度目の印象が強いです。とくに内地では見ることが出来ない景色の美しさと雄大さに強く惹かれました。

 3度目は新婚旅行、4度目は家族旅行、そしてこの前のシルバー旅行。いずれも気ままな一人旅ではありませんでした。しかし、それにしてもおかしいと思ったのは、景色の雄大さは変わりないのに、緑の美しさに以前ほど感動しない自分がいた事です。

 原因を考えてみるに、一回目の旅と二回目の旅は東京からでした。それ以降は今住む滋賀の田舎からです。東京で暮らしていた私はそれほど緑に飢えていたのかも知れません。

 私の住む町は田舎です。北海道ほど雄大ではありませんが、緑は豊富です。また空気も多少は汚れていますが東京ほどではありません。たぶん、この差が原因ではないかと思います。



画面では平取町が表示されていませんが、プラスボタンを押すと地図が拡大されて表示されます。



 お彼岸の中日を過ぎたというのに、雪がうっすら積もる寒さに震え上がっています。今年の春はまだ遠そうです。

 JAZZの曲で春に関連の曲、意外と少なく思います。そんな中で見つけたSpring Is Here しみじみと語りかけるクリス・コナーの歌を聞きながら春を待ちたいと思います。 


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旅の追憶(2) 空知・石狩方面 [旅]

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  石狩川畔、矢臼場にて(北海道石狩市親船東2条2丁目)

 小樽と札幌の友人宅に居候しながら、彼らが仕事に行っている間、私は暢気にスケッチブックを持って北海道をあちらこちら歩いていました。

 そのころ私は車はおろか運転免許証も持っていなかったので、移動手段は鉄道とバス、あとは徒歩でした。どこへ行くにも札幌が起点だったように思います。

 小樽にいるときは札幌まで函館本線に乗って出ました。当時、快速エアポートはありません。鈍行で一時間ほどかかったと思います。このとき車窓に迫る石狩湾の景色が目に焼き付きました。

 上のスケッチは新十津川というところへ行った時のものです。当時、新十津川は札沼線の終着駅だったと思います。今は廃線になっていてその跡をたどるのが難しくなっています。

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 新十津川駅
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 新十津川駅(2020年8月)
 ネットで拝借した写真です。私が描いたスケッチと角度が違っていますが、建物は同じようです。外壁はスケッチでは板張りのように見えます。白く塗り直されたのだと思います。

 いかにも北海道らしい屋根の煙突、入り口の屋根の形などは当時の面影を残しています。駅舎は廃線後もしばらくは地元の人によって守られていましたが、2021年解体されたそうです。

 地図を見ると滝川、砂川という地名が近くにあって、かすかな記憶があります。私は新十津川駅からたぶん滝川方面のバスに乗り変えて、気に入った景色のところを見つけると途中下車しました。

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 矢臼場というバス停でした。近くには石狩川が流れ、その両岸には内地では考えられない広さの畑がうねりながら広がっていました。2.3日ほど通ったと思います。これは石狩川の土手から畑を見下ろして描いたものと思います。

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 近くのジャガイモ畑だと思います。

  バスの本数が少ないので、とくに帰りのバスの時間には気を使いました。毎日何もないバス停で乗り降りするので、バス運転手にいぶかしげな目を向けられたことを覚えています。


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 中徳富(ナカトップ)駅 北海道樺戸郡新十津川町字弥生

 ここは全くの無人駅でした。四角くて大きい箱のような駅舎が線路脇にぽつんと建っていて回りに民家はありませんでした。

 どこからどうしてその駅に着いたのかも覚えがありません。本数の少ない列車を待つ間、私はスケッチブックを開いて時間を潰していたようです。

 貨物列車くらいは通ったかもしれませんが、ほとんど往来のない駅に取り残されるうちに日が暮れて行きました。やがて駅舎も外の景色も夕闇に閉ざされ駅舎の中は真っ暗になりました。人っ子一人現れず、遠くの民家から犬の遠吠えだけが聞こえていました。

 この絵の状況は今でも忘れられません。怖くはなかったけれど、痺れるような寂しさが辺りに漂っていました。その記憶が強かったせいかもしれません。私はこの絵の場所を道東のどこかと思い込んでいました。

 ところが今回ブログを書くに当たって、調べてみるとなんと札沼線新十津川駅のひとつ手前の駅でした。もちろん現在は、路線とともに駅も廃止されています。


 新十津川から留萌方面に行く列車があったようです。最近廃線になった留萌本線だと思います。本当は稚内を目指したかったのですが、遠すぎるのでせめて留萌に行きたいと思っていた記憶があります。

 しかし留萌に実際に行ったのかどうか記憶がありません。ただ海辺の景色は覚えています。岬と砂浜に打ち上げられた船、寂しい漁村の連なり。しかしそこが留萌だったのか増毛だったのかそれとも別の所だったのか思い出せません。

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 厚田村

 スケッチブックを紐解くと少し分かってきました。どうやら私は新十津川から留萌の方に向かったのではなく、札幌方面から231号線でバスを乗り継いで留萌方面を目指したようです。 

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 濃昼村

 このとき携帯したスケッチブックには漁村の描きかけの絵が何枚か見つかりました。そのスケッチの裏に、厚田村、濃昼(ゴキビル)、幌(ポロ)という地名が書かれていました。書いたのは私ですが、50年近く経つともう別人です。

 地図で見ると231号線は石狩から日本海側沿いに留萌まで北に向かって延びています。その途中に厚田村があり、さらに先に濃昼村、そしてまたその先に幌があります。

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 札幌から電車かバスで石狩まで行き、そこから231号線のバスに乗って行ったのだと思います。厚田村で途中下車しています。石狩から濃昼村までは69.7キロ、Googleでは車で渋滞無しで1時間半ほどかかります。当時は路線バスなのでもっと時間かかったと思います。濃昼村から幌までは28.9キロ、車で約40分ほどだそうです。

 それでも幌から留萌にはまだかなりの距離が残っています。たぶん私は留萌を目指しながらあまりの遠さに幌あたりで引き返したのだと思います。行くよりも帰りが心配になったのでしょう。

 私は長い間、鉄道で留萌を目指したと思っていたのですが、今回調べると留萌までの日本海沿線に鉄道は走っていませんでした。

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 濃昼村


 他にもスケッチに印された地名を調べてみると、え、そんなところにも行っていたのかと地図を見て驚く始末です。今から思うとずいぶん暢気で贅沢な旅をしていたものです。50年近く前の自分を辿る旅、記憶の闇を探るようです。


 あらためて北海道の路線図を見てみると、広い北海道に張り巡らされていた鉄道路線図が拍子抜けするくらい少なくなって、路線図のない白い部分が増えていることに驚かされます。

 私が旅をした50年ほど前は北海道の鉄道は4千キロあったのだそうです。それが今は2千500キロになってしまったとか、この半世紀で半分近くが廃線になったのです。驚きました。

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 「センチメンタル・ジャーニー」をYouTubeで検索すると松本伊代さんがトップに出てきました。しかし私が旅していた頃、松本伊代さんはデビューさえしていなかったんですね。で、予定通りドリス・ディです。
 


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旅の追憶(1)小樽 [旅]

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 いきなり下手な絵をアップしてしまいました。約45年ほど前、小樽運河の周りをうろうろして描いたものだと思います。あまりに昔のことで記憶がはっきりしません。

 運河沿いに並ぶ古いレンガ倉庫群、運河を挟んで対岸の通りの端っこに、隣の建物にくっつくように建っていた赤さびた小さなお店で、小柄なおばあさんから昼食のあんパンと牛乳を買いました。

 その時のやり取りと、スケッチブックを持ってどこかに腰かけて、潮のかおりを嗅ぎながら食べたあんパンと牛乳の味が忘れられません。

 そのころ私は仕事を辞めて北海道へ旅立ちました。小樽に住む友人Sと札幌に住む友人Hの家に居候しながら、1ヶ月だったか2ヶ月だったかスケッチブックを片手に北海道のあちこちを旅しました。

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 その頃の小樽運河は今のようなきれいな遊歩道はなくて、もっと幅が広くて水はどんより濁っていました。近づくとドブの匂いがしていました。少し寂しくて異国情緒を感じさせるところでした。

 今、シリーズを見直している映画「男はつらいよ」でも、二度ほどその頃の小樽運河の映像が流れるシーンがありました。浅丘ルリ子のリリーが登場する「寅次郎相合い傘」と大原麗子の「噂の寅次郎」だったと思います。

 私が行った頃は、小樽運河を埋めるという話が出ていたころだったと思います。「反対」の看板を見かけた気がします。つい最近、地元小樽では運河100周年の催しがされたとニュースで見ました。

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 小樽銀座一番街通り

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 小樽の喫茶店「光」の店内


 絵を見ていただいてもわかる通り、私は絵描きでも絵を志していたわけでもありません。高校の時、二年ほど美術クラブに所属していただけです。でも、絵を描くのは好きでした。スケッチブックを持って気ままな旅を一度してみたかったのです。

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 聖カトリック教会 8・29とスケッチの裏に記しています。聖カトリック教会は富岡教会のことだと思います。

 去年小樽を旅したときSに富岡教会に連れて行ってもらいました。帰ってから古いスケッチブックを見てみると写真と少し違って見えます。

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 去年撮った富岡教会の写真です。違う角度から描いたのでしょうか。

 ここではなく、もう一枚もう少し地味な教会を描いた記憶もあるのですが、絵が見つかりません。ネットで小樽の教会を探してみました。思ったよりたくさんヒットしましたが見覚えのある建物はありませんでした。



 今日はジャズではなく、最近よく聞いている曲です。エド・シーランの歌を聴きながらこのブログを書いています。Thinking Out Loud


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北海道の旅の終わりは小樽 [旅]

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 朝晩が涼しくなってきました。再開してもなかなか調子が出なかった散歩、一年経って衰えたかなと思ってましたが、ここ数日の朝の冷えた空気とさわやかな朝日が気持ちよく足取りも軽くなってきました。

 
 さて、北海道の旅の最後が残っていました。最後は友人Sが住む小樽です。小樽は思い出深い街です。若かりし頃、Sの家に居候させてもらってあの坂道の多い街を歩き回りました。

 帯広からやはり特急とかちで札幌まで、そこから小樽まで快速エアポートに乗り換えました。鈍行でゆっくり車窓の風景を楽しみたかったのですが、1時間かかりますしSが小樽で待っていました。

 昔、小樽から札幌に出る時、またその反対に小樽に戻る時この路線を何度も利用しました。私の記憶には車窓から見える石狩湾の海しかありませんでした。しかし実際に乗ってみると札幌を出てもなかなか海は見えてきませんでした。

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 銭函あたりからだったでしょうか、ようやく小樽の海が見えてきました。

 銭函(ぜにばこ)、面白い駅名です。昔、ホームの天井に銭函がぶら下げられていたのを覚えています。妻に見せたかったのですが、窓が反対側だったこともあり気づいたときは通り過ぎていました。

 帰ってから調べると銭函駅、駅舎も当然のこと建て替えられていましたし、釣り下がっていた銭函は危険ということで台の上に置かれるようになっていました。

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 石狩湾に傾きかけた日がかすかにさしていました。

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 ちょっと寂しい海の風景が小樽には似合う気がします。

 懐かしい小樽築港の駅名、そしてあっという間に車窓の海の景色は終わりました。私の記憶では海の景色がもっと長かった気がしたのですが、乗った列車が快速だったからかもしれません。

 小樽駅ではS夫妻が改札近くで出迎えてくれました。Sとは大学時代からの付き合いなのでもう50年ほどになります。お互い社会へ出るようになっても行き来は続いています。

 東京にいる時、彼は何度も新幹線を利用して私のアパートに来ましたし、田舎に戻ってからも家を訪ねてくれたり京都に寄ったついでに滋賀にも来てくれています。

 ホテルにチェックインして彼が予約していてくれている小樽バインというお店で再会の祝杯を挙げました。二人と会うのは妻は30年ぶりですが、私は2016年に夫妻が滋賀に来てくれた時に会っているのでそれ以来です。

 懐かしく温かい小樽弁は変わりありませんが、Sの頭髪が思ったより寂しくなっていましたし、少し痩せたように思いました。次々に出てくる料理をいただきながら、お互いの近況などを話しました。

 地元ワインの販売も併設している広いお店は、石造りの建物を改装したおしゃれな内装で、時にコンサートなども催されるのだそうです。

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 ライトアップされた日本銀行旧小樽支店です。

 夜の8時半ごろでしたでしょうか。すっかりごちそうになって外へ出ると肌寒く、ホテルまでの道のり小樽の坂道に吹く風が半袖Tシャツ姿には寒くて驚きました。今回の旅行で初めて味わった北海道の気候でした。
 

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 翌朝は北海道へ来て一番の快晴でした。ホテルの朝食会場の窓から小樽の街と海を撮ったところです。手前のワイングラスは、夜に供されるもののようです。

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 朝食を済ませた私たちは、Sが迎えに来てくれるまでの間、小樽の街を散策しました。まずホテルから歩いてすぐの手宮線跡を線路伝いに歩きました。

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 何のお店なのか、沿線に沿って面白そうなお店が並んでいました。

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 どこかのお宅の塀にスズメたち。線路跡は細長い公園のようになっていて車通りもなく静かです。私たちと同じように散歩している観光客の姿がありました。

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 小樽の街はどっちを向いても坂道ばかりです。妻も小樽は3度目なのですが、何度来ても同じ感想を持つようです。自転車の人はほとんどなく、皆さん歩いておられます。毎日ここを歩いたら足腰が鍛えられるだろうと妻は言います。

 ぐるっと回ってホテルに戻り、お土産やいらない荷物を宅配便で送ってチェックアウトです。約束通り8時半ちょうどにSが車で迎えに来てくれました。

 帰るまでの数時間、Sはあちこちを車で案内してくれました。まず小樽運河沿いです。私が50年ほど前、初めて小樽に来た頃は運河はもっと幅が広くて一帯は廃れ見捨てられたようでした。その趣がまた良かったのです。

 今は運河は半分埋められて遊歩道ができてきれいに整備されています。そして小樽一番の観光スポットになっています。

 運河沿いのレンガ倉庫も昔に比べて少なくなっている気がしました。レンガ倉庫から運河を挟んで向かい側に、30年前私たち家族が泊まったホテルがありました。当時は新築でピンク色を基調にしたかわいい感じの外観でしたが、年月を経て今ではすっかり街になじみ、風格さえ感じられました。

 次に三角市場に寄ってくれました。いつもは人でにぎわうところらしいですが、朝まだ早い時間だったので客の姿はまばらでした。

 妻は市場のお店を見て回って土産をいくつか買いました。新鮮な鮭やたらこ、大きな切り身のわりにお値段が安かったです。その市場の中に海鮮丼を出しているお店がありました。こんなところで食べたらおいしいだろうなと二人で言いながら食事時ではないのが残念でした。

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 二人とも行ったことがないと言うのでニシン御殿に寄ってくれました。お天気は良かったのですが、坂道がきつくてまたしてもニシン御殿の全景を撮りそこないました。上の写真はニシン御殿の中で唯一撮った写真です。

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 ニシン御殿は高いところにあり、青い海が見渡せました。ここで妻が珍しく私とSの写真を青い海をバックに撮ってくれました。

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 トド岩です。トドが寝そべっている姿にも見えるのでそう言われるのだと思ったら、この岩に冬になるとトドが集まるのでそう言われているのだそうです。

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  今夏の異常気象は北海道にもあって、生まれも育ちも小樽のSもこの暑さや湿度は初めてだと言っていました。

 私たちが帰って一週間もしない間に小樽に大雨が襲い150戸余りが被害にあったそうです。ニシン御殿も高台にあるので手前の土手が崩れ休館になったそうです。

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 富岡教会へ行きたいと言っていたので寄ってくれました。見覚えがあります。しかし、昔小樽滞在中、スケッチした教会の姿と違って見えました。記憶を確かめようと旅行から帰って、古いスケッチブックを探しましたが、肝心の教会の絵が見当たりませんでした。

 Sの車は私たちを乗せて小樽の街をあちらこちらへと走ります。その車窓から小樽の街並みを眺めていると、見覚えのものなどあるはずもないのに、一つ一つの坂や街角が見覚えのあるように思えてきます。車を降りて一人で昔のように歩いてみたくなりました。

 Sの車はさらに坂道を登って天狗山への曲がりくねった道に入りました。最近、その手前で熊が出たそうです。確かに熊でも出てきそうな草木が生い茂った道が続いていました。

 天狗山展望台にはロープウェイもありますが、昔もSに車で連れてきてもらったような気がしていました。しかし、いざ上がってみると印象は全然違っていました。

 こんなに木々がなくてもっと平らなところだった気がするのです。どこかほかのところと勘違いしているのか、それとも50年近くたって周りの景色がすっかり変わってしまったのか、記憶がかなりあいまいになってます。

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 天狗山展望台からの眺望

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 海と小樽の街が見下ろせました。

 青空と青い海を眺めながら、展望台のベンチでしばらくゆっくりしていました。飛行機に乗らないといけない時間が迫っています。ずっとそうしていたいような気がして、この旅で初めて帰りたく無いと思いました。

 Sの車は坂道を下り小樽の街を通り抜け、高速を新千歳空港まで車を飛ばしてくれました。行きのHと言い、帰りのSと言い、空港までわざわざ送り迎えしてくれ、エスコンフィールドや小樽をあちこち案内してくれました。

 私たち夫婦にとっては本当に至れり尽くせりの旅でした。空港の発着ゲート近くまで送ってくれたSに、またの再会を約束して別れました。



 昨日も今日も少し肌寒いけれどお天気が良くて気持ちの良い朝でした。朝日のごとくではなく、さわやかな朝日そのものでした。こんな時は、「朝日のようにさわやかに」が聞きたくなってしまいます。この曲もいくつもの名唱名演奏があるのですが、今回もやはりウィントン・ケリーの演奏です。



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北海道の旅その3、懐かしい人 [旅]

 北海道3日目の朝は、二人ともぐっすり眠れて少し旅の疲れが取れた気分でした。窓のカーテンを開けると、昨日までの曇った空とは打って変わって、明るい朝の光が広がっていました。

 木々と緑に囲まれた景色の奥のほうで、鮮やかな色をした気球が上がっているのが見えました。ロープにつながれた気球はあまり高く上がらないで、静かに上下を繰り返していました。

 そういえば、ロビーに置かれたチラシの中に気球のことが書いてあった気がしました。妻に行ってみるかと問いましたが、もういいという返事です。

 まずは朝ごはんでした。場所は昨夜と同じです。朝食は昨夜ほどがっかり感はなく、それぞれ好きなものを取り揃えて楽しく食べられました。ここは地方の温泉旅館、やはり札幌のホテルと比べるのは無理があります。

 待ち合わせの時間は9時半、時間の余裕があったので少し外へ出てみることにしました。フロントの人にどこか近く、1時間ほど遊べるところはないかと聞いたら、先ほど気球を上げていたところを教えてくれました。もう気球の時間は終わっているそうでしたが。

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 外へ出ると朝のさわやかな空気が感じられました。それでも日差しに強さがあり、内地ほどではありませんが北海道も猛暑の影響を受けているのがわかります。

 妻は涼しい北海道を期待して来たのに、それほどでもないので新千歳に到着してからずっと暑い暑いとこぼしてます。歩くと時間もかかりそうなのでヤリスで行くことにしました。

 教えられたところは、ホテルから道路へ出てまっすぐ行ったところ、十勝が丘公園というところでした。もう気球のかけらもなく人の姿もありません、きれいに刈り込まれた芝生が一面に広がっていました。

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 小高い丘に大きな花時計「ハナック」がありました。遊歩道があるので近くまで上がっていけます。整然と植え揃えられた花で囲まれた花時計に妻はきれいと言ってましたが、私は手入れが大変だろうななんて思ってしまいます。

 足湯の施設は時間の関係か閉鎖中でした。足を伸ばすと十勝が丘展望台がありましたが、そこまで行く時間はなさそうでした。十勝川、十勝川温泉、十勝平野、遠くには日高山脈が見渡せるところだったようです。

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 北海道の道は脇道に入っても、まっすぐです。

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 駐車場のわきの草地で9月というのにアカツメクサが咲いていました。

 周辺を散策をして約束の時間より少し早めに帰ってくると、妻があの人じゃないと言います。見るとロビーの端の席に白髪の老婦人が座っていました。

 少し思い描いていたイメージと違っていました。近寄ると向こうも反応してすぐk子さんだとわかりました。ほぼ三十年ぶりです。再会のあいさつもそこそこに、お互いの来し方の話になりました。

 と言ってもほとんど彼女がしゃべっていました。ご主人がしていた商売がだめになったこと、その後いろいろ大変だったこと、そして5年前にご主人が癌で亡くなったこと。

 k子さんは中学の同級生、1学年330人ほどで8クラスあったので、一度もクラスが一緒になっていない人がたくさんいる中で彼女とは2年3年と同じクラスでした。

 京都の短大に行っている時にご主人と出会って、結婚、しばらく地元で暮らしていましたが、ご主人の生まれ故郷の北海道へ一緒に行くと聞いたときは驚きました。小柄で華奢でとてもそんな風に遠い北海道へ行って生活するような人には思えなかったのです。

 私が北海道へ行くので会おうと連絡した時もk子さんの方が十勝川温泉まで来ると言うので驚きました。車の運転ができるんだと。でもよく考えれば、広い北海道では車がないとやっていけないですね。

 30歳の時に免許取得したそうで、40年経つのにいまだに冬は運転できないのよと笑いながら嘆いていました。いろいろな話をしながら、そのたびに亡くなったご主人の名前が出てくるのが印象的でした。

 「いてくれるだけでよかったのに」と言って一拍おいて「彼の年金が欲しいのよ」と笑いにごまかして言ったけれど、本音を隠したジョークだったと思います。

 途中から妻も会話に加わって、話があちこちにとっ散らかって何が何だか分からなくなるほどでした。これから帯広の六花亭に行こうということになりましたが、そこが11時開店なので10時半ころまでしゃべっていました。

 帯広には六花亭本店もありますが、彼女は西三条店が良いと言います。十勝温泉から帯広まで車で20分ほどです。ナビがあるのに少し道を間違えてしまい、後ろを付いてきたk子さんの方が早く店に着きました。

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 (帯広、六花亭西三条店。写真を撮り忘れてお店のホームページからお借りしました)

 今回の旅、旅慣れていないせいか最初の札幌のホテルの写真、友人Hの写真、今回の宿の写真、k子さんの写真、たくさん撮り忘れてしまいました。

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 (こちらもお借りした写真です)

 一階はケーキやお菓子などが宝石のようにショーケースに並んでいました。おしゃれなお店でほとんどが女性客でした。

 チョコレートなどのお土産が並んだコーナーがありました。北海道へ来てまだお土産を一つも買っていなかったので、私と妻はそこでいくつかのお土産を買いました。

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 (こちらもホームページから借りています)

 二階のカフェで3人でピザをいただきました。生地がふんわり柔らくてチーズもトッピングの野菜も新鮮でおいしかったです。そしてコーヒーと上品な味のシュークリームをいただきながらおしゃべりは続きました。

 初めて会った時の違和感は彼女がマスクをしていたからかもしれません。マスクをはずすと懐かしい顔全体が現れ、覚えのある口元のほくろが見えました。

 そして機関銃のようにポンポン早口でしゃべる様子を見ていると、ああそういえば中学生の頃の彼女もそんな感じだったと懐かしく思い出されました。

 40代のころ、k子さんは帰省すると顔を見せてくれていました。その時の印象はもっと落ち着いた印象だったので、今のほうが元気でにぎやか、昔に戻ったかのようでした。

 1時半には車を返して札幌行きの列車に乗らないといけないので、1時近くまでおしゃべりしていたように思います。駐車場で次はいつ会えるかわからない思いを抱きながら、お互いにまたねと言ってそれぞれの車に乗って別れました。

 ご主人を亡くして大樹町に一人暮らしと思っていましたが、同じ大樹町に娘さんがいて、帯広には息子さんもいるそうです。彼女が住む町も見られ、元気な様子に接することができて安心しました。会えてよかったと思いました。



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 (こちらもトヨタのホームページからお借りしました)

 さてk子さんと別れて、今度はレンタカー、ヤリスともお別れです。助手席の妻にこのまま家まで乗って帰ろうかなどと冗談を言いながら、帯広の街を駅前に向かって走りました。



 I Miss You So いろいろな解釈がありますが、懐かしい友人にも適用できるようです。歌はSamara Joy 22歳と思えないしなやかな声と幅広い表現力、本格的ジャズシンガーの登場です。






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北海道の旅その2襟裳岬未遂 [旅]

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 帯広行き特急とかち3号です。札幌駅より新札幌駅の方がエスコンフィールドから近く、時間的余裕もあるので新札幌駅まで送ってもらいました。

 ここで面白いことがありました。この列車の前に普通列車が入ってきました。数人の列ができていて妻がその後ろに立っていました。

 並んでいる客が順番に乗って行きます。当然妻は黄色い線のところで立ち止まると思っていたら、そのまま一緒に乗ろうとするではありませんか。私は慌てて妻の手を引きました。私が並んでいないのに一人で鈍行に乗って行くつもりだったのでしょうか。

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 十勝平野を走る特急とかち、車窓の景色を期待していたのですがあまり見えなくて、トンネルなどもあって半分くらい寝てしまっていました。

 帯広に着いたのが午後1時過ぎでした。それから予約してあるレンタカーを借りて、お腹が減っていたのでコンビニで昼飯を調達しました。

 ナビの設定を襟裳岬にしてまずは車を走らせました。帯広広尾自動車道を走ります。走るにつれ交通量が減っていきます。借りた車はトヨタのヤリス、まだ走行距離の少ない新車で快適でした。

 自動車道なので高いところを走ります。特急とかちより景色を楽しむことができました。車窓の左右に広がる十勝平野、曇っていた空に時々日が指すといっそう景色が輝きました。

 前や後ろを走る車はほとんどなく、すれ違う車もめったにありません。まっすぐに伸びる長い直線道路、まさに北海道一人旅、いや二人旅の気分です。

 1時間ほど走って少し休憩しようかということで道の駅に降りました。近くに忠類ナウマン像記念館がありました。平日のせいか周囲はガラガラでした。駐車場で屋台の車がテントを出しているのかと思ったら、キャンパーでした。この旅行中キャンピングカーを何台か見ました。

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 道の駅で北海道の濃厚なソフトクリームを食べ、見晴らしの良い高台に上がって、十勝平野をパチリ。一眼レフカメラを持ってこようか随分迷いましたが、荷物が重くなること、撮る機会があまりないことが予想されたのでスマホ・カメラで済ますことにしました。

 道の駅からまた自動車道に戻ると思ったらナビは下道を案内しました。下道を走っても自動車道と変わらないくらい交通量も信号もありません。

 同級生k子さんが住む大樹町に差し掛かると町らしい家々のかたまり、行きかう車も増えはじめ、信号もあるようになってきました。

 本当はサプライズで訪ねたかったのですが、また来れるかわからない北海道、会えないと困るので事前に連絡しました。明日の午前彼女の方がホテルに来るというのでホテルで待ち合わせることになっています。

 ほんの通りすがりでしたが、k子さんが住む街を見ることができてよかったです。街の中心地らしいところを通っていると、帯広を出てずっと見かけなかったコンビニがあると妻が言いました。

 そのまま大樹町を通り抜けてとりあえず海の見える広尾を目指します。途中で遅いトラックに前を塞がれました。追い越しても良かったのですが、横の妻がうるさいので法定速で走り続けました。

 広々としてのどかでした。時折、牧場が見えたり大きな畑で作業をする大型のトラクターがあったりしました。妻がなんだか臭うと言います。畑に茶色く撒かれた堆肥の匂いだと思います。

 広尾の街が近づくとまた信号が少し増えてきました。どこから国道236号が336号線になったのか、突き当たりに十勝港があり海が見え始めました。

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 海岸沿いに出ると、いきなり波しぶきが上がって荒い波が道路際の防波堤に激しく打ち付けていました。白波を立てて次々に押し寄せる太平洋は灰色に曇っていました。

 交通量のない海岸沿いの道を襟裳岬方面に向かって走ります。静かな道路の両側にたくさんの車が止まっているところがありました。釣り客かなと思ったらサーフィンをしている人たちでした。この海でサーフィン、驚きです。

 サーフィンをしているところあたりから遠浅になって、昆布を干す作業をしている人たちの姿もありました。この海岸沿いの道は別名黄金道路というのだそうです。

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 漁師の人たちがその時期だけ使う小屋がありました。

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 襟裳岬まで海岸沿いを走るこの道をずっと走り続けたかったのですが、妻がホテルに戻る時間が遅くなるとうるさく言うので、残念ですが引き返すことにしました。

 曇っていたせいか、こちらの方が日が暮れるのが早いのか6時過ぎにはあたりはすっかり暗くなっていました。宿は十勝温泉です。宿についてこの夜は時間がたっぷりあったのでゆっくりしてから、楽しみのビュッフェ形式の夕食に出かけたのですが、二人ともやや物足りなく感じた内容でした。

 温泉は良かったです。茶色いお湯でした。美人の湯とありましたが、妻は翌日まで肌がすべすべすると言っていました。

 大浴場は空いていてゆっくり入れましたし、露天風呂は独り占めでした。温泉は久しぶり、ゆっくり手足をのばして命の洗濯です。風呂上り珍しくビールを飲んで早めに床に就きました。



 先日、NHKで放送があった87歳のジャズシンガー齋藤悌子さん、ご主人を亡くされてしばらくは歌われなかった時もあったそうですが、再び自分には歌しかないと歌いだされたそうです。異国の音楽であったジャズがこんな風にも日本で根付いていることに感心します。曲はダニー・ボーイです。



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北海道の旅その1札幌 [旅]

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 大阪、伊丹空港はまだ猛暑日近い残暑の中にありました。台風11号、12号、13号が連続して発生する間を縫って、何年越しかの念願、北海道へ行ってきました。

 今回の旅の目的は、懐かしい友人たちと会うということでした。小樽に大学時代の友人、札幌には高校時代、そして広尾郡大樹町に中学の同級生が嫁いでいます。

 家から伊丹空港まで時間がかかるので、飛行機は余裕を持って午後の便にしました。飛行機に乗るのは30年前、家族でやはり北海道へ行って以来です。

 戸惑うことが多かったです。まず旅行会社を通して航空券やホテルの手配をしたのですが、最終的に旅行会社から受け取るのはA4のプリント数枚、航空券もホテルのチケットもありません。今はそうなっているのだそうです。

 飛行場では大勢の人が行きかっていました。長い列ができているのは荷物預かりです。搭乗カウンターに行こうとすると係の人がやってきて、券売機のようなものを教えてくれそこでチェックイン、搭乗券が発行されました。

 それから並んで荷物を預け、昼ごはん食べる時間があるか心配していたところ、なんと私達が乗る飛行機は、新千歳付近大雨の影響で到着が遅れ、出発は1時間遅れと表示されていました。

 なんとか台風を逃れたと思ったらそんなことがあるとは思いも寄りませんでした。すぐに新千歳まで迎えに来てくれるHに1時間遅れると連絡しました。   

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 1時間遅れで飛び立ったANA983便でしたが、通常通り約2時間のフライト、無事窓に北海道の大地の広がりが見えてきました。久しぶりの旅客機、揺れもあって少し緊張感がありました。

 到着ゲートの外では、高校時代の友人Hがすでに待っていてくれました。彼と会うのは、彼が実家の整理に帰ってきた15年ほど前以来です。少し太っていたけれど変わらない様子でした。

 当初の計画では、この春新しく開業した北海道日本ハムの拠点、エスコンフィールドに連れて行ってくれる予定でした。しかし飛行機の遅れで残念ながらおじゃんになってしまいました。そのまま札幌市内のホテルまで送ってくれました。

 ホテルでのチェックインは、旅行会社からもらったA4用紙を見せるだけですみました。部屋は20階、客室はツインではこんなものでしょうか。まず荷を解いて一息入れました。

 午後6時、再びHが車で迎えに来てくれてとりあえず彼の家へ行くことになりました。30年前、訪ねたことがある高台にある家です。彼は10年前に奥さんを癌で亡くして、今は息子さんと二人暮らしです。

 田舎から持参したお土産を渡し、息子さんも交えて少しおしゃべりしていると、小樽にいるSから電話です。今日、また大雨で石勝線が全面ストップになったという知らせでした。明日、私たちが帯広に向かう路線です。

 息子さんの運転でH親子がよく利用している琴似にある居酒屋行くことになりました。まずは再会を祝してビールで乾杯です。息子さんも交えて、久しぶりにおしゃべりしました。出されたお魚が美味しくて妻は時々会話に加わりながら料理を堪能していました。

 息子さんは、高校時代や若い頃の父親の姿がどんなだったか、興味があるらしく盛んに私に聞いてきました。お酒も手伝って、Hの良いところも悪いところも包み隠さず言っておきました。

 9時すぎまで喋っていたでしょうか。彼らはまだ飲みたりないらしく何処かへいくというので、私と妻は地下鉄でホテルまで帰りました。22時、北海道初日の夜は慌ただしく暮れました。


 
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 翌朝、ホテルの窓から見える札幌の街、大都会ですね。奥で雲を被っているのは手稲山でしょうか。北海道は昨日、今朝とお天気は曇り空でした。気になっていたJRを調べると不通になっているところはないようでした。

 8時半という約束でしたが、Hは8時にもうホテル玄関に迎えに来てくれていました。昨日行けなかったエスコンフィールドへ今朝行ってくれることになりました。その後JR駅まで送ってくれることになり、至れり尽くせりです。

 札幌市内からエスコンフィールドまで結構距離がありました。走り慣れた道を彼は右に左に曲がって行きます。彼は現在、月の半分を観光客を各地へ送迎するアルバイトをして暮らしています。

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 エスコンフィールドの正面です。

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 日本ハムの試合がないときは、無料で中に入れます。一塁側内野席の一番前に座ってみましたが、かなりグランドに近くて試合を見たら臨場感が半端なさそうです。新しくてモダンで、私が知る甲子園や後楽園とはずいぶん違います。

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 グランドを取り巻く広い通路をぐるっと一周、ここはバックスクリーン左、大谷くんがよくホームランを打ち込むところです。もっとも彼はこの球場では活躍していませんが。

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 大谷選手とダルビッシュ選手のイラストが描かれた壁の前では、たくさんの人達が記念写真を撮っていました。私達夫婦もHに写真を撮ってもらいました。

 エスコンフィールドの周りは、子どもたちが遊べる広場や遊具があり、試合だけでなく一日遊べるようになっているようです。隣にはショッピングの建物もありました。妻は大谷グッズが欲しかったそうですが、ほとんど売り切れていて残っていたのは61万円のエンジェルスのウェアだけ、早々と引き上げてきました。

 帯広行きの列車に1時半に乗るので、エスコンフィールドから近い新札幌駅まで送ってくれました。えきネットで購入している列車の切符の発行をしないといけなかったのですが、これは簡単でした。

 久しぶりに会えたHとはもっと二人で積もる話もしたかったのですが、ここでお別れになりました。また近いうちの再会を約束して私と妻は改札に向かいました。



 ペギー・リーは何ヶ月か前にも取り上げた気がするのですが、彼女が歌うジャニー・ギターは迫ってくるものがあります。


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カンザキハナナを見に [旅]

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 このところぱっとしないお天気が続いています。火曜日も午前中は曇っていましたが、午後から久し振りに晴れ間が出たので妻を誘って守山市琵琶湖岸、なぎさ公園にあるカンザキハナナ(寒咲花菜)を見に行ってきました。

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 皆さん考えることは同じようで平日にもかかわらず大勢の人でした。ガードマンの人がいて、臨時の無料駐車場も用意されていて驚きました。

 ここは銀色の雪をいただいた比良山を背景に、一面に咲いた菜の花畑を撮ることが出来るので有名なスポットです。皆さん、一眼レフカメラやスマホのカメラで思い思いに写真を撮っていました。

 ただ残念だったのは、このところの暖かさで比良山の雪がわずかしかなかったことです。頂上の稜線を縁取るように少し銀色に光っている程度でした。

 13年ほど前の1月末、まだここがこんなに人気がなかった頃、たまたま通りがかって写真を撮ったことがあります。

 その時の写真を見ると、比良山と菜の花の対比に気づかず、菜の花、比良山別々に撮っています。ただその時、花は満開でしたが、比良山には一筋の雪もありませんでした。

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 菜の花を外れて琵琶湖越しの比良山、この日の琵琶湖は静かで青空を写した青い湖面でした。

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 カメラを右に回すと琵琶湖の向こうに伊吹山が見えるのですが、ちょっと遠いですね。

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 望遠レンズに変えてみました。

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 手前にカモもいました。

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 ホシハジロですかね。



 今夜は前回話に出たクリフォード・ブラウン(トランペット)です。あれから久し振りに聞いて見ましたがやっぱり良かったですね。曲は同じイージーリビングにしようかと思いましたが、春を待ち焦がれてJoy Springにしました。

 この曲はクリフォード・ブラウンの作曲で、後年歌詞が別人によって付けられたそうです。ボーカルのJoy Springはまた後日アップできる日があるかと思います。


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